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【連載】10 兆円産業化を目指すドラッグストアの今昔物語③

新業態づくりに奔走した3人の 経営者、その2・齋藤茂昭さん

1960年、千葉市内に僅か4坪の薬屋を開店した薬剤師は、夫人とともに地域住民のための健康アドバイザーになった。その薬剤師とは齋藤茂昭さん、千葉薬品の創業者だ。

千葉薬品・創業者の齋藤茂昭さん

「Yong And Clean」――ヤックスドラッグを運営する傍らスーパーマーケット、アウトドア専門店、在宅医療・介護分野に参入。齋藤氏は100店舗超、年商400億円を越すまでに育てた千葉薬品を引退。請われて地元の身障者施設の理事長となり活躍してきた。
そして「大好きだった千葉薬品で、もう一度尽くしたい」という思いで、創業50周年を契機に取締役に復帰したものの、2011年5月、70年代、ともに日本のドラッグストアづくりに奔走した友人を見舞いに行った地で亡くなられた。
齋藤さんの創業時代は苦難の連続だった。1960年開店の初日、店内には、一箱の医薬品とともに問屋から借り受けた空のパッケージが陳列されていた。開店のために資金を使い果たし医薬品の購入費がなくなっていたからだった。
では、どのような方法で資金不足を補ったのだろうか。「医薬品をたくさん陳列するだけの資金が不足していたので、まず現金で1箱を安く購入して問屋から空き箱を借りて陳列しました」(齋藤さん)。
購入したお客には、「後でお届けいたします」と宅配サービスをし、売れたお金を持って問屋で、再び医薬品を仕入れて来店客に提供。宅配後、売れたお金を持ち問屋へ走って店頭に陳列する日々が続いた。現金仕入れ、相談、値引きして販売し宅配することは、資金力が不足していた夫婦がとった苦肉の策だったが、来店客から支持されて売上げは飛躍的に伸びていった。
そして、度重なるアメリカ視察で得たノウハウを駆使してスーパーマーケット、ドラッグストア、そしてアウトドア専門店を運営する一方、高齢社会の到来を踏まえて、介護用品専門店、介護支援センターを設置するとともに、デイケアサービスセンターを開設していていった。
「物販が先行したドラッグストア経営は、やがて行きづまるでしょう。これからは、物販+カウンセリングを付加させることです。ドラッグストアも物販中心からカウンセリングサービスを提供する店へと脱皮しなければならない」斎藤氏の危機感は今まさに、現実のものとなろうとしている。

記事=流通ジャーナリスト・山本武道
(齋藤茂昭さんについての記述は、本連載で後日掲載いたします)

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