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第2回 ゲスト:指定居宅サービス事業所「えいじゅ」 多ヶ谷淑美さん

介護のプロが語る現場からの生の声

より良い在宅医療には薬剤師と介護従事者の連携不可欠

 

今号で2回目を迎えた小原道子さん(日本ヘルスケア協会・理事、ウエルシアホールディングス・地域連携推進担当)の対談コーナー。今回は、埼玉県蓮田市にある指定居宅サービス事業所「えいじゅ」で介護福祉士・サービス提供責任者として活躍する多ヶ谷淑美さんをゲストに迎えてお届けする。多ヶ谷さんは小原さんが在宅医療の現場で働いていたころからの知る仲であり、筆者は初めて多ヶ谷さんとお会いしたが、言葉の端々や表情から介護に向ける情熱を強く感じた。前向きかつ利用者視点で介護現場と向かい合い、日々の仕事を通じて「介護だけではなく、人間としての生き方も利用者さんからたくさん教えていただきました」と話す多ヶ谷さん。薬剤師との連携の在り方や、介護現場でのストーリーなど、とても貴重な話を聞かせてくれた。(記事・写真=佐藤健太)

 

小原道子さん【右】と多ヶ谷淑美さん(対談は埼玉県白岡市のウエルシアハウスで行われた)

 

多ヶ谷さんが介護の道を歩んだ理由

 

小原さん そういえば多ヶ谷さんは、なぜ介護の道に歩まれたのですか?

 

多ヶ谷さん 介護保険がスタートしたのは2000年で、当社は2002年に立ち上がった企業です。創業者は私の父親なのですが、自分が介護業界に入ることは全く考えていなかったほど、興味がありませんでした(笑い)。

私は大学生の頃、アルバイトで塾講師をしており、小学生と中学生を相手に勉強を教えていました。その子供たちには“不良”が多く、学校では弾かれてしまうような存在で、今思うと塾はそうした子供たちの居所だったように思います。彼らとの出会いが今の私につながっているような気がします。

初めのころは、なかなか打ち解けられませんでしたが、徐々に気を許してくれるようになり、その過程で学校生活や部活動等の悩みを打ち明けてくれるようになりました。彼らは有り余る力を出し切れる場所がなく、これを違うところで発揮していくことで、また違う人生になっていくのではないかと思いました。その時にその子たちをどうにかしたいと思いました。

国語は1行1行読み始めるところ、英語はABCから始めるというレベルでしたが、彼らが高校を目指したいと話すようになりました。彼らが本気でやりたいと話してくれたので私も本気で付き合いました。そこで「人と向き合う」ということが何となく分かった気がしました。寝ても覚めても彼らを志望高校へ入学させたい、そのためには私は何をしなくてはいけないのかずっと考えました。見事、彼らは高校に合格してくれました。

学力だけではなく、容姿についても金髪だった髪を黒くし、ピアスを外し、当たり前の事なのですが彼らにとっては大きな前進となりました。この経験が介護の仕事をしている今につながっているのだと思います。

当社についても、父親が「地域に恩返しをしたい」という思いから設立されました。私は「何かあったときに手伝えるように」とヘルパー2級を習得したのですが、それをきっかけに軽い気持ちで介護業界に関わっていくことになります。

 

小原さん 多ヶ谷さんと初めてお会いしたことは今でも鮮明に覚えています。私が記憶しているのは、多ヶ谷さんにお薬の量が多い患者さんの話をしてもらったことです。「こういうのって誰に相談したらいいんですか?」と聞かれたので、「それは私に相談してください!」と話しました(笑い)。

ちょうど、私がウエルシアハウスに仕事で来ていたときに、ご相談に飛び込んでいらっしゃいましたよね。多ケ谷さんがキョロキョロしていたので、どんなご相談かと思ったら、まさに私がお答えできる内容でした。

 

多ヶ谷さん 私もよく覚えています。最初から長話をしてしまった(笑い)。初めてお会いしたときは「なんてナチュラルな人なんだろう」と思いました。名刺を見ると当時のウエルシア関東の在宅推進部の部長さんだったので偉い人が来たなぁと思いましたが、飾らずに仕事と介護に向き合ってくれたのでとても嬉しく思いました。

 

小原さん 私も多ヶ谷さんとの出会いは非常に大きかったと思っています。これだけ熱意を持って仕事と向き合っている人は、職種の垣根を取り払っても少ないですね。薬剤師と介護スタッフさんの関わり合いについてはどのように考えていますか。

 

多ヶ谷さん 薬剤師さんと介護スタッフは同じ在宅医療に関わっているのですが、なかなか接点がない現状があります。ですが小原さんは「ヘルパーさんってどんな仕事をしているの?今現場はどんな感じなの?」と興味を持ってくれて、私はそういう薬剤師に会ったのが初めてだったので、とても嬉しかったです。私が抱えていた現場での悩みや上手くいかなかったことなど小原さんに1時間以上わーっと話してとてもすっきりして帰ったことを覚えています(笑い)。サービス提供責任者は孤独な立場にありますが、小原さんはその壁を壊してくれたような。

 

介護のプロとして在宅ニーズに応える

多ヶ谷淑美さん

 

小原さん 確かに、在宅医療にかかわる方々は頑張れば頑張るほど孤独に悩まされていると感じます。

先日もスープにゼリーを浸しているおばあさんに娘が「スープを飲みたいって言ったのに、デザートのゼリーを入れたら味が変わるじゃない!」と叱っている風景を目の当たりにしました。おばあさんは今にも泣きそうな顔で「だって、スープに浸さないと固いんだもん」と言い、娘さんが「ゼリーは固くないでしょ!」と大声で叫んでいました。

認知症のお母さんにおいしいものを食べさせようと思った娘さんですが、おばあさんの予期せぬ反応に気が動転したのでしょう。認知症ということを判っていることと、理解していることは違いますが、当事者になると余裕もなくなり、気持ちが思うようにいかないこともあります。また本人自身も理解されない孤独と戦っています。

在宅医療の担い手である私たちが、本人、家族や家族に関わる方々をサポートすることにより孤独感が少しでも改善できればと思っています。

 

多ヶ谷さん 私は「在宅介護のプロだ」という意識を持って仕事と向き合っています。それこそ利用者さんが「自宅にいたい」と言ったら「亡くなるまでお付き合いします」という覚悟です。しかし、周囲との接点があまりに少なく、しかも地域に根差した活動をしているので関わる人もごく少数です。そこに来て小原さんがいろいろな話を聞いてくれて、薬剤師という立場で話を聞いてくれたのがとっても嬉しかったです。役職とかそういうことではなくて、こんなにも目を輝かせて人の話を聞けることはなんて素晴らしいんだろうと、そこが小原さんの魅力です。

 

小原さん 確かに薬剤師が役立つシーンは在宅の現場には数多く存在します。多ヶ谷さんが薬剤師に求めたいことを具体的に挙げるならば、どのようなものがありますか?

 

多ヶ谷さん 薬剤師さんは医薬品の専門家ですので、ぜひ介護現場で職能を発揮していただきたく思います。「どの薬を飲んでいて、それにどんな作用があるのか」という説明はもちろん、それだけではなく、利用者さまの家の中を見回してもらいたいと思います。「この写真はいつ頃なのかな」「地域で活躍した人なんだな」「仕事ですごい功績を残していた人なんだ」など、飾ってある写真や物を見ると、自分が誇りにしていることや家族・友人のことが分かってきます。

それは認知症の方だろうが、寝たきりの方だろうが同じことなんです。お話できる方とお話しするのだけではなく、怖がらずに会話ができない、会話が難しい方に向けて声をかけてあげてほしいと思っています。

お医者さんもそうですけど白衣を着ていくと利用者さんは緊張するわけです。しかも診察がものの3分で終わってしまう。私たちが聞いていると「おしっこが上手く出せなかった」「歯が痛くてご飯が食べられない」などいろいろなことを教えてくれます。警戒心や羞恥心を持っている方がいるので、少しずつ心を打ち解けてもらうことが重要になってきます。

日々現場で仕事をしていると「粉薬では無理だけど、錠剤なら飲めるかも」など、素人ながらに薬が合っていない患者さんは数多くいることが分かります。私たちは「飲めているか?飲めていないか?どうしたら飲めるか?」を把握できるので、それを薬剤師さんに情報を共有し、お医者さんと調整してもらうなどすれば、服薬QOLも高まっていくでしょう。

利用者さんは病院で「お薬飲めてますか?」と聞かれると「きちんと飲めています」と話しますが、自宅での現状を見ると、飲んでいない薬が大量にあると言うケースもあります。残薬管理は、介護スタッフのみですと上手くできない作業ですので、特に薬剤師さんと連携していく必要があると考えています。現在「かかりつけ薬局」が推進されていますが、多職種連携していくには非常に重要になってくるものだと思います。

 

小原さん 残薬問題や剤型変更など、最近は特に、大きく問題視されています。これまでは同居の家族が生活の不足部分を補っていました。しかし独居、認認介護などにより在宅生活を行うためにはヘルパーさんなどの生活支援者なしでは暮らせない現状になってきています。そのため、医師も薬剤師も医療支援だけでなく、在宅の現状まで知ることが必須になるでしょう。現状を知るヘルパーさんなどの連携は今後より重要な位置づけになると思っています。

在宅医療は地域における連携が非常に大切ですが、多ヶ谷さんが地域連携にかかわってきた中で、どのような地域連携がありましたか?

 

地域連携で感じた「ひとりじゃない!」

 

多ヶ谷さん ある40代女性は若年性アルツハイマー型認知症でした。ある日、彼女が家から出て行ってしまったことがありました。その地域では大騒ぎになり、まさか家の鍵を開けて外に出ていくとは思いませんでした。本当は上の鍵も下の鍵を締めるのですが、その日は上の鍵しか閉めていなかった…。おそらく自分のお子さんが小学生なので「迎えに行かなきゃ」と思ったのでしょう。歩き出した方向も小学校と同じだったのですが、位置までは正確に把握していませんでした。

偶然にもその方を担当している介護スタッフが自宅の庭の草むしりをしているときに、歩いているはずがない彼女を発見。自宅で保護し、私に電話をかけてきてくれました。ご主人と連絡を取って事なきを得ました。

そこで「こういうことはこれからも何回もあるはずだから、地域の介護スタッフみんなに周知してもらおう」と、彼女の全身写真を撮影して情報を共有しました。

ですが、その日の午後も彼女は家を出て行ってしまったのです。ご主人の母親を呼んで家に向かってもらうタイミングの10~15分間のことでした。なかなか見つからずとても困りましたが、地域で介護をしている皆さんに声をかけ、ウエルシアハウスに飛び込みました。

センター長の福田英二さんはいつものように明るく出迎えてくれましたが、おそらく私が血相を変えていたのか、事情を聞くと目が変わり、ウエルシアハウスのスタッフさんに「外を見てきなさい」と指示を出してくれました。私はその連携がとても嬉しく思い、私の事業所の利用者さんがいなくなったのにもかかわらず、ウエルシアハウスの方々が動いてくれ、蓮田市も防災無線を流そうという所まで話を進めてくれました。地域で「これは大変なことだ」と動いてくれたことで、「私は1人じゃない!」と勇気づけられました。

「家族で探せばいいんじゃない」と言ってしまえばそれまでですが、地域活動は誰かが困っていれば住民も含めた地域の方たちがフォローし合っていくという気持ちが大切だと思いますし、地域包括という考え方ではこのような姿勢は不可欠だと感じます。

小原道子さん

小原さん 皆で地域を支える大きな事例になりましたね。ウエルシアハウスは埼玉県白岡市にある地域包括支援センターです。地域包括支援センターとは国が進める地域包括ケアシステムの要として制度と地域の高齢者を繋ぐ重要な場所です。地域包括ケアシステムは2005年の介護保険の法改正からスタートしました。

現在では医療・介護・介護予防・住まい・生活支援の5項目のサービスを一体的に提供、構築することを目的としています。つまり、医療や介護だけでなく、住環境や生活支援まで含む広い対策が求められています。多ケ谷さんの事例はその象徴的な事例だったと思います。人が地域で安心して暮らすためには医療とか介護の専門職だけでなく、全ての地域住民が助け合うことが必要です。

多ヶ谷さんはこれまでのキャリアの中で多くの利用者さんと触れ合ってきました。「自宅で人生を終えたい」というニーズが高まっていますが、印象に残るストーリーを聞かせてください。

 

利用者が教えてくれた“人間としての生き方”

 

多ヶ谷 私が介護の仕事をしていくうえで、たくさんの利用者さんから、生き方も含めてたくさんのことを教えていただきました。

ある利用者さんは、がんセンターに入院していた男性でした。身寄りがなく天外孤独でしたが、「俺は家に帰るんだ」とがんセンターで大暴れしていた方で、蓮田市の地域包括センターの手に負えない、ケアマネジャーさんも手に負えなく、私がその方を担当することになりました。

初めて病室でお会いした際は、人を寄せ付けない雰囲気、負けそうになるほど強い目力という印象を持ちました。彼は片肺が完全に機能していなく、お医者さんは「もう一つもいよいよ寿命だろう」と言う状況にありました。一軒家を持っていますが、誰も家族はいません。そうしたときに支えなくてはいけないのは介護スタッフです。

お薬も飲まず自宅では好き放題で「これは支援できるのか」と悩んだこともありました。私が買ってきた買い物に関しても「そんなもの食えるか!お前ら主婦だろう!」と言われたときは最悪だと思いました。

しかし、その方の背景は知っていました。自分が小さいうちに母親がなくなり、一緒に住んでたお父さんには虐待を受けたという波乱万丈の人生です。学校にも行けなかったことから、当然社会性も一般常識も少ない。ですが、友達は非常に多く、とても大事にしていたという一面がありました。

初めのころは、私たちに対しても「こいつらは何しに来てるんだ?」のような素振りでした。ある日から苦しくなっていったことは見ていて分かりましたので、「今どうしてますか?何してるの?」と聞くと「ご飯食べてるよ。お前に言われる筋合いは無い!」と言われても、心配で毎日電話をしていました。そのうちベッドからの起き上がることができなくなってしまいました。

ある日、自宅に訪問するとお友達がいらっしゃっていて、語っていました。「俺はね、初めて愛情がどういうものかわかった。家に来るヘルパーさんはみんな優しいんだよ。こんなことって人生にあるんだと思ったよ。だから俺はもう何も悔いはないよ」と。あたかも私がそこにいないような感じで話すので、私も気配を消していました。

ある金曜日、「もう危ないな」と思ったので「がんセンターに電話かけましょうか?それともお家にいたいの?」と聞きました。そうすると「病院に入っていないと迷惑かけるから」と言いました。

彼の自宅には1週間に5人のヘルパーが来るのですが、最後の週にその一人ひとりに「ありがとう」と伝えていました。金曜日は私が担当している日で、「あなたにもだいぶ悪いこと言っちゃったね。ありがとうね」と言ってくれました。「今なら主治医の先生がいるから連絡しましょうか?」と聞くと「いや、いい。自分でやる」と言って、土曜日の朝に病院に自分から電話をかけ、病院で最期を迎えたと聞きました。

あれは彼なりの人生の終わらせ方であり、最後は自宅に戻って書類を整理してお友達に挨拶をして好きなものを食べて、それで死んでいくというのが彼の生き方だったんですね。お見事だったと思いました。

他にもたくさんのエピソードがあります。それぞれの利用者さんに、それぞれのエピソードがあるのです。介護の仕事を通じて、私はたくさんの学びをいただきました。

 

薬剤師に求められる「その人らしさを支える医療」

 

小原さん まさに在宅医療の現場の生の声でしょう。医療が「治す医療」から、その人の人生を「支える医療」に変わってきていることが判ります。もう一つは、一人暮らしで孤独死を迎える状況がいかに悲惨なものかを物語っています。この方は幸運にも多ケ谷さんたちの介護スタッフに恵まれていたと言えますが、もともとは医療機関からも見放され、最後は自分自身も人生を見放し、拒絶的になっていました。二人に一人ががんになる時代、最期は自宅で迎えたいという時代になっています。

そこに寄り添う医療者は圧倒的に人が足りないと思います。薬剤師はそういう状況を事前に把握できる立場にあります。健康な時から店頭で色々な相談を受けている、薬の量や種類、通院の状況など全ての疾患に対応しているなど薬剤師だからこそ情報が多いと思います。これからの医療は「病気を治す医療」から最期まで「その人らしさを支える医療」に変わっていくでしょう。支える医療の担い手として、薬剤師が医療従事者の中で好位置にあると言えます。それは病院医療であれ、在宅であれ、薬局であれ、幅広く関わっているところが強みであると感じています。私たちは言い換えるとドラえもんの「どこでもドア」を持ち、ポケットから色々なものを出して支えていく、そんな存在になることが出来ればと願っています。

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